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森理 麟(moririring)のプログラマブログ

ゲームプログラマ森理 麟がのプログラムの話題を中心に書くブログです。

昨日見た夢

昨日夢を見た。


それ自体凄く久しぶりだったが、内容がまた、随分長いこと忘れていた気持ちを思い出す夢だった。

好きな女の子が出来て、自分と仲の良い友達がその娘と付き合うことにしたと聞かされる話だった。

ありふれたラブストーリーと違う所は、その時の自分の気持ちだ。

15年ぐらい前まではいつも自分の中にあった気持ちで、長いこと、自分がそういう気持ちを持って生きていたことを忘れていた。

その過去、自分の中にあった気持ちとは「どうせ僕なんて」だ。


この気持ちを、生まれてから20年間近く常に持ち続けていたのに、持っていたことを10年以上忘れていた。

この気持ちは不安と羨望と自暴自棄が入り混じって作られたなんとも気持ち悪いものだ。

多分劣等感なく生きている人には理解出来ない気持ちだろう。

この気持ちは死にたくなる程の絶望感はないけれど、楽しさを根こそぎ奪われるような、未来に希望が持てなくなるような恐ろしさがある。

よく使われる表現で言うと出口の見えないトンネルと言ったところだろうか。これを思い出した。


辛うじて今書いていて、その気持ちを思い出せるが、既に大分薄くなっている。明日にはもう忘れているだろう。

では、これを何故忘れていたのか、きっかけは一人暮らしだ。

その瞬間から何があったわけでもないのに、もう馬鹿みたい楽しかった。

今から思うと1年後、人生のパートナーに出会えるという予感がそうさせていたのかもしれない。

そして丁度1年後、僕は出会った。パートナーの名前はプログラミングだ。


一目惚れしたその瞬間から思いが下がったことは一度もない。上がる一方だ。

楽しすぎる。時には食事も睡眠も忘れて向かいあった。

何もかも捨てて、全てを捧げて、手にいれようとしたこともあった。

でも犠牲を払ったから受け入れて欲しいと思うのはただの自己満足だと30歳を前に気づかされた。


それからは広く目を向けるようにしたけれど、目を逸らしたことは一度もない。

今もずっと最初の時と同じ気持ちで見つめ続けている。

その時から、人生で、自分なんてと思ったことは今日まで一度もなかった。


何故昨日それを夢に見て、思い出したのか、それは分からない。

自分なんてという気持ちは明日には忘れるだろう。

でも今日思い出したことにはきっと意味があるんだと思った。

だから今日このブログを書いた。